設立趣意書
  関係者の慎重論を押し切って、咋年10月23日、SECは選別的情報開示(Selective Disclosure)を禁止したフェア・ディスクロージヤー規則(Regulation Fair Disclosure)を施行しました。ボーダーレス化している証券投資の世界では、規制対象外である日本企業も、外人持株比率の高い発行体を中心に「公平開示」を意識せざるをえず、企業情報の開示に慎重となりはじめています。それが開示の後退を招きかねないところから、「日本証券アナリスト協会ディスクロージヤー拡大会議」は本年4月に、『企業情報の選択的開示についての考え方』と題する緊急提言を行い、発行体に対しわが国における現下の証券市場の状況に照らし証券アナリストの使命を阻害することのないような企業情報の開示態勢の継続を要望しました。このことは、わが国においても、いまやIR(Investor Relations)抜きでは企業経営を考えることができない現実を端的に物語っています。さらに、IRの役割は、公開企業が資本市場とのコミュニケーションを高めることを通し、投資家だけではなく、広くステークホルダー一般との好ましい関係を形成することへと拡がりつつあります。

  その背景には、戦後の間接金融に偏重してきた企業金融のバランスを是正し、直接金融の基盤を改めて整えようとする日本版ビッグバンの動きがあります。それを受けて、バブル崩壊により長期に低迷した株式市場が着実な回復をみせるなかで、エクイティーファイナンスによる資金調達の効率化こそが企業発展の鍵を握っていることに社会が気づき始めています。資本コストを意織した資金調達を通して経営の効率化を進め、これによって多くの企業の経営革新がもたらされるばかりでなく、事業再編や起業により新たな企業成長への道を開くことによって、日本経済の発展に資することにつながります。

  そのためには、このような有効に機能する健全な資本市場の育成が必要不可欠となっています。その前提となる基本的な要件は、資本市場に参加する投資家へ、投資意思決定情報が適時、公平、適正に開示されることにほかなりません。また、社債の格付けと相まって株価レイティングの動向が事業の存続の是非を問い、株価の水準が経営への大きな圧カになってきていることに象徴されるように、株式市場での評価が企業そのものの評価として使われはじめています。

  このような変化を踏まえ、公開企業は証券市場に向けて"何をどう発信すべきか"に悩み、さまざまな努力を試行錯誤の中で行なっているのが現状だといえます。発信すべき情報の内容、発信の対象と方法、発信のタイミングといった観点について、これにかかわる会計・財務部門、総務部門、経営企画部門、そして広報部門といった多様な部署が互いに牽制しつつ協同しはじめていますが、投資意思決定に資する企業情報を開示するための制度・ボランタリーの両面にわたる明確なルールはありません。したがって、単なる会計情報の提供から広く企業経営全般にわたる情報まで情報開示のレベルと内容には、企業のIRに関する発展段階に応じて、大きな差がみられることは周知の通りです。

  一方アメリカでは、「財務会計基準審議会(FASB)」が"投資意思決定情報のスペクトラム"を示す中で自発的情報開示(Voluntary Disclosure)の重要性が明確に位置づけられています。また、米国公認会計士協会(AICPA)の有名な「ジェンキンス報告("Improving Business Reporting−A Customer Focus"1994年)」は"Financial ReportingからBusiness Reportingへ"の転換を謳い財務情報以外の情報も重視する方向にあります。この動きを引き継いだFASBは、その具体的成果を『事業報告書の電子的配布』としてまとめたことを皮切りに、今やSECと協同でこの視点からフオーム10Kの報告内容の見直し作業に着手しています。また、SECは、民事証券訴訟法(1995年)および証券訴訟統一基準法(1998年)を整備し、セーフハーバー・ルールの下での予測情報の開示を働きかけるとともに、上記のフェア・ディスクロージヤー規則を厳格に適用をしようとしてきています。このような動きの中で、アメリカ企業のIR活動は、全米IR協会(NlRI)の活動の例にみられるように、プロフェッションの経験に裏付けられた専門的な知見の体系化されたアートとして進化を繰り返しながら発展しつつあります。

  翻って、わが国では、企業の情報開示を「何をどうすべきか」という視点で体系的に調査・研究する場は限られているのが現状といえます。日本会計研究学会の一部やディスクロージャー学会等でその動きがみられるものの、IR活動の領域が先に触れたように実務分野で多岐の部門にかかわると同様に、多くの学間分野と重なることもあって、学術的調査・研究が効率的に進めにくくなっている結果を生んでいます。

  現在、IRはブーム的現象をみせていますが、これを一過性のものにしないためにもIR活動に携わる実務家の実践をもとにIRの理論的研究を深める必要があります。また、このような調査研究の実績を踏まえた上で、社会への適切な提言が求められているのではないのでしょうか。このために「日本インベスター・リレーションズ学会」を設立し、広く、IRに携わる人的ネットワークを構築し、多種多様な領域にわたりIRの体系的整理を行い、IRに関する教育研究基盤を整えることが必要となります。

  このような設立の趣旨からも明らかなように、この学会は研究者に限られた学術団体にとどめることなく、広く企業、金融機関などのIR関係者、さらには証券アナリストおよび証券ジャーナリストに個人として参加を呼びかけることが必要となります。換言すれば、IRの調査研究や実務経験に加え、単に企業会計の分野のみでなく、コミュニケーション、法律など関連する全ての学術分野および実務の領域から広く参加を求めることになります。

  現在、わが国において求められている証券市場が一層効率的に機能するためには、企業の情報開示に関しさらなる向上が必要で、このためにもIRの理論的調査・研究が不可欠となっています。この趣旨をご理解の上、学会への参加をお願いする次第です。

2001年7月吉日


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